トプコンの超望遠レンズは、1957年に発売されたトプコンRの交換レンズとして、初期に揃えられたRトプコールシリーズ(9cm〜30cmの望遠のみ)の一つであるRトプコール30cm F2.8と、少しして加えられた廉価版のRトプコール30cm F5.6がありました。特に前者はRトプコール13.5cm F2と並び、当時としては異例の高速レンズで、64年の東京オリンピックでは公式記録用レンズとして採用されました。しかし、なぜかこれ以上の焦点距離のレンズは、60年代の後半に至るまで発売されない状態が続いていました。他社の超望遠レンズは早くから500mm・800mm・1000mm等がラインアップされ、当時のメジャーなメーカーではトプコールのみが遅れる形となっていました。望遠レンズは携帯性や明るさ等を云々しなければ、設計はやり易いものです。実際、ライツの超望遠のテリートはずっと一群二枚構成のテレレンズでしたし、国内の交換レンズ専門メーカーの超望遠レンズもまた然りでした(ただし、こちらは価格こそ安くても大半が性能的に怪しいものだったようです)。もちろん超望遠レンズだからと言ってどこまでも大きくなって良い訳ではないから、各社ともレンズ構成やコーティング、ガラス素材等を工夫して、できるだけコンパクトで明るいものを作る努力をしてきました。ただ、超望遠レンズと言う、ある意味特殊用途的なものであるだけに、その価格設定は初めから高価なものになりました。その関係上、6〜70年代のサラリーマンの平均年収に比べて割高だった高級一眼レフカメラの交換レンズとして、アマチュア写真家がそのカメラよりももっと高値のこうしたレンズを、気軽にコレクションに加えることができなかったのは当然のことと言えます。具体的に言うと、65年での都市勤労者世帯の月平均収入は68,419円で、各社の800mmや1000mmレンズは軒並み12〜13万円でしたから、今の感覚では60万円位の感覚だったものと思われます。こうなると、よほどのことがない限り、一般アマチュア写真家にはおいそれと手が出るものではなかったことは想像に難くないでしょう。
これに対し、スポーツ等をメインにしたプロ・カメラマンにとっては機材あっての仕事になるので、値が張っても使わざるを得ません。しかし、当時は報道関係も含めて、プロカメラマンはこぞってニコンFを使い、70年代の後半になってキヤノンF-1がニコンF2に割り込んで2強時代を築き上げることに成功しましたが、そこに他のメーカーが割り込む余地ははなはだ狭かったのが実情でした。
東京光学は前述の通り、トプコンRの発売時からRトプコール30cm F2.8、つまり「サンニッパ」をどのメーカーよりも20年近く前から生産していました。80年代になって各社とも明るいレンズを揃えるようになって、カメラ雑誌で盛んに採り上げられるようになった結果、いよいよサンニッパブームが始まりましたが、その頃でも各社の高速レンズは非常に高価なイメージがありました。そこからすると、57年に作ったRトプコールは驚異的ではありますが、当時他社にはまだ高速超望遠レンズがなかった関係上、プロ野球や舞台撮影等を行なっていたプロ・カメラマンは、こぞってこのレンズを用いていました。当時の価格は13万8千円で、標準レンズ付きのREスーパーが2台以上買えた値段でした。ただ、問題はそうしたプロが使っていたのは、前述の通りニコンが圧倒的に多く、結果として当時売られたRトプコール30cm F2.8は、マウント部をことごとくニコンFマウントに改造されてしまいました。東京光学でもこうした事態は把握していたので、REスーパー発売後にマウントをTTL連動化したREオートトプコール300mm F2.8を試作こそしたものの、自動絞り機構が加わるとコストも上昇する上に、かえってマウントを改造しづらくなってしまい、外部需要に対して逆効果になってしまうこともあって、このレンズは世に出ることなく終わってしまいました。トプコンユーザーからすると残念な結果ですが、REスーパーが全盛だった60年代半ばでもプロ・カメラマンの使用率はニコンに大幅に後れを取っていたので致し方ないことでしょう。どちらかと言うと、トプコンREスーパーはマクロ撮影等の学術用の撮影に多く用いられました。
ニコンが70年代後半にやっと300mm F2.8を発売すると、Rトプコールの存在意義は薄れ、そっとカタログから消されるようになりましたが、まだREスーパーが売れていて、ユニやユニレックスの売れ行きも良かった60年代後半、東京光学ではアクセサリーともども一層綿密なシステム構築を積極的に行なっていました。その中で満を持して登場したのがこのREオート・トプコール500mm F5.6なのです。同時にテレレンズの1000mm F11も開発され、70年には価格未定ながらカタログに画像まで載っていたのですが、これは残念ながら相応の需要が見込まれないと判断されて、そのままお蔵入りになってしまいました。ちなみに、トプコンRの時代にもレフレックス・トプコール1000mm F7が画像付きでカタログに載ったことがありましたが、これも反射望遠の1000mmレンズとしては異例の明るさで、大変興味深いレンズでしたが、商品として完成していたのに発売が見送られてしまいました。この他にもフィッシュアイ・トプコール7mmやREオート・トプコール28mm F2、REGNトプコール35mm F1.8等も試作されて発売直前までに至ったものの、日の目を見ないまま消されてしまったものが多く見られます。60年代後半からの東京光学は、どうも体質的にあまり高価になって一般の手に渡りづらくなるものを出すことへのためらいがあったような気がします。つまり、そこそこの販売数が見込めないものを出すことのリスクに対し、慎重過ぎたきらいがあるのではないかと。しかし、形だけでも購入できるようにしておかなかったのは、そもそも間違いだったのではないかと思われます。一般の買い手は「とても手が出ないし、使う機会がほとんどない」と言うことをちゃんと分かった上で、各社のカタログを見て、その品揃えに夢を見るものなのですから。
それはともかく、65年にREオート・トプコール200mm F5.6が生産されて、次はREオート・トプコール300mm F5.6かと言うところで、67年に発売が遅れていた28mmレンズともどもこの500mmが先に発売されました。古いRトプコール300mm F5.6はそのまま併売されまして、こちらがREオート化されたのはもう少し後になります。 |
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REオート・トプコール500mmが発売された時の価格は9万9千円(専用ケース付き)で、やはりF1.8標準レンズ付きのREスーパーより4万円も高いレンズでした。
このレンズの基本スペックですが、レンズ構成は5群6枚で、うち1枚はRトプコール300mm F2.8と共通のスライド式取り付け方法のUVフィルターが挿入されたものを指したものになりますので、厳密には5枚構成と言えます。このフィルターはイエローやオレンジ、レッド等数種類が用意されました。
重量は2.2kgでかなり大柄なレンズになります。一応、口径が大きいものの、鏡胴先端にはフィルターねじ用の溝が切られていて、94mmフィルターを使うこともできます。鏡胴側面のノブは縦位置撮影をする際に三脚台座からレンズ鏡胴本体を回転させますが、それを固定するためのものです。レンズフードは引き出し式ですが、135mmのような2段式ではありません。
レンズ/マウント・キャップを装着した収納時の長さは38cmで、直径は11cmになります。1群2枚の単純なテレ・レンズは焦点距離とほぼ同じ前後長が必要ですが、さすがにそこまでは長くありません。ただし、REオートの名前を冠する通り、自動絞りとTTL開放測光と連動した機構を備えている関係上、プリセット絞りのテレ・レンズのように鏡胴を分割して持ち運ぶことはできません。また、かなりどっしりしていることもあって、ガングリップ等を使ってもこれを手持ち撮影することは到底無理ですから、大柄な三脚も用意する必要があるため、かなりの荷物になります。 |
専用レンズケースは前期のものではつやのある黒革製で、後期のものはシボ革仕上げになりました。どちらも形そのものは変わりなく、上蓋は2段構造になっていて、赤い板を引くと裏に専用フィルターを挟んでおくスペースが設けられています。ショルダーストラップがかしめて固定されていますが、前期のものは革製で、経年劣化で切れてしまう恐れがあります。後期型は合成樹脂製になっています。 |
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さて、肝腎の写りですが、とても皮肉っぽい辛口評価が特徴だった、70年代の『カメラ毎日』の「レンズ白書」でもかなり良いと評価されていたように、隅々までシャープに良く写ってくれます。コーティングはアンバーをメインに、グリーンとシアンのものが奥に見えます。ファインダーを覗いてみるとそんなに違和感のない色合いになりますが、フィルムには基本的に暖色系の色合いで写ります。作例はREオート・トプコール500mm F5.6にVivitar(ケンコー)のRE用2倍テレコンバーターを取り付け、1000mm F11レンズとして撮ってみました。カメラはスーパーDMを使用。フィルムはアグファVista100で、ナニワカラーキットで現像しましたが、ブレを考慮してシャッタースピードを1/1000秒にしたところ、絞り開放でも少々露出不足になって、スキャナーで取り込む際に自動露出補正をかけた結果、ずいぶん青味が強くなってしまいました。さすがに開放絞り+テレコン付きとなると、周辺部の光量低下に加えて両端が流れ気味になってしまいますが、500mm単体では四隅まで均一な像を結んでくれます。ただし、開放絞りではどうしても四隅での若干の光量低下は避けられません。しかし、このレンズはともすると真っ平になりがちな超望遠レンズにしては不思議なくらい立体描写に優れています。シャープなのは言わずもがなですが、こうした描写に触れてしまうと、他社のテレコンバーターを使うことなく、1000mmの描写を味わってみたいものです。やはりREオート・トプコール1000mm F11が未発売のまま終わってしまったのは、つくづく惜しいことだと思いますね。 |
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